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連載 都営交通が描かれた映画・ドラマ
写真: 第1回 「下町の太陽」「書を捨てよ町へ出よう」

名作と呼ばれる映画やドラマの舞台として登場する、都営交通の電車やバス。当時と変わらぬ面影を残す場所もあれば、すでに失われてしまった風景もあります。そんなワンシーンを切り取り、コラムニスト・泉麻人さんが当時の思い出とともに、在りし日の都営交通を語ります。

第1回「下町の太陽」「書を捨てよ町へ出よう」

  • 文/泉麻人

 昔の日本映画を観ていると、都営交通のなつかしい電車やバスと出会う。僕はそういう場面を探すことを一つの趣味にしている者でもある。今回から、そんな視点で眺めた映画やドラマを紹介していきたい。
 まずは、1963(昭和38)年の松竹映画「下町の太陽」。前年に大ヒットした倍賞千恵子の同題の曲をベースにした作品で、山田洋次監督の出世作でもある。タイトルのとおり、物語は下町(墨田区の荒川べり)の工場地帯で働く若者たちの青春を描いたもので、歌をヒットさせた倍賞がそのまま主演を務めている。彼女が働く石鹸工場は、当時曳舟の駅近くにあった資生堂石鹸がモデルで、周辺の町並(向島橘銀座商店街など)がしばしば画面に登場する。
 冒頭、彼女は同僚の男(早川保)と銀座でデートをしている。彼はホワイトカラーに憧れる見栄っ張りで、浅草から東武線に乗って帰路につくとき、印象的なセリフを吐く。
「隅田川を渡ると空まで暗くなる。あー、郊外の団地に住みたいなぁ」
 隅田川の向こうは密集する工場の煙で空が暗くなっていた時代の話なのだ。
やがて倍賞の前にもう一人、鉄工所で働く朴訥な青年(勝呂誉)が現れ、彼女は徐々にこちらの男に魅かれていく。そんな垢抜けない勝呂と浅草の花やしき遊園地で初めてデートした帰り、別れのシーンで都電の三ノ輪橋の駅(停留場)が象徴的に使われている。
 夜更けのホームにぽつんと停まっているのは、当時主力だった6000形の車両。「発車しますよ」と車掌にせかされて、電車に乗りこんだ倍賞を勝呂がホームを走りながらしばらく追っかけていく。ヨーロッパの終着駅を思わせるようなシーンだが、脇の電柱にパーマや質屋の看板が映りこんでいるのが、東京の下町らしくて微笑ましい。
 曳舟周辺に住んでいるはずの倍賞が、この都電で帰っていくのはちょっと地理的にはおかしいのだが、ま、その辺は映画ということで。ちなみに倍賞千恵子のお父上は都電の運転手だったというから、もしやそういう事情も含んだ演出だったのかもしれない。
 もう1本、都電荒川線の沿線風景が眺められるのが、寺山修司の代表作「書を捨てよ町へ出よう」。活字(評論、エッセー集)でも知られているが、ATG(日本アート・シアター・ギルド)で映画制作されたのは1971(昭和46)年。当時中3の僕は、少し遅れて高校生の頃に初見した憶えがある。
 オーディションで選んだシロートの青年が青森から上京してきたばかりの主人公を演じるこの映画、スクリーンの向こうの観客への語りかけに始まって、新宿の歩行者天国でのゲリラ的パフォーマンス、心象風景のカットなどが織りこまれた、いかにも寺山アングラ風味の作品である。
 青森から出てきた北村という主人公の青年とその家族らしきグループが暮らしている場所が、都電の面影橋電停近くの線路端にある古びた下宿屋風の家なのだ。先の「下町の太陽」より8年後の映画だが、まだ6000形の車両がしばしば走行している。そんな都電が走る線路端でオヤジさんが北村青年の頭を散髪していたり、電車のこない線路上を青年が一目散に走っていったり、妖怪風の一団が練り歩いていったり......。いまではちょっと眺められない、ファンタスティックな都電荒川線風景を楽しむことができる。
 「男は黙ってサッポロビール」のキャッチフレーズがハヤった、三船敏郎のサッポロビールの等身大広告看板を男が背負って線路端を歩いていくシーンがあったけれど、この映画の1年ほど前に出た「はっぴいえんど」のアルバムのジャケット写真のなかに、松本隆が同じ三船の看板を都電線路に置いて一緒に映りこんでいるカットがある。こちらの線路は廃線になったばかりの新宿ゴールデン街裏の一角なのだが、関係者が使い回したものなのかもしれない。
 ところで、この「書を捨てよ〜」の頃、吉田拓郎にハマってフォークギターを始めようと思い立った僕は、通販広告に載っていた面影橋近くのメーカーの住所をたよりに出向いたことがあった。そこは通販専用の事務所で、その場でギターを入手することはできなかったのだが、映画に描かれた田舎のローカル線じみた風景は、どことなく見憶えがある。

  • 泉麻人(いずみ・あさと)

    1956年、東京生まれ。慶応義塾大学商学部卒業後、編集者を経てコラムニストとして活動。東京に関する著作を数多く手掛ける。近著に『東京いい道、しぶい道』(中公新書ラクレ)、『大東京23区散歩』(講談社)、『東京 いつもの喫茶店』(平凡社)がある。

「下町の太陽」の舞台となったコの字形の三ノ輪橋停留場。写真は1965(昭和40)年頃の27系統、赤羽目指して発車する2500形と三ノ輪橋に到着した3000形。右手には映画にも登場する「パーマ」の看板がみえる。
「書を捨てよ町へ出よう」の舞台となった面影橋付近。写真は1967(昭和42)年頃の32系統。面影橋停留場に向けて走行する荒川車庫行6000形。左に染物工場(現在の「東京染ものがたり博物館(富田染工芸)」)があり、手描友禅の友禅流しが帆掛け船のようで風情がある。
「書を捨てよ町へ出よう [HDニューマスター版]」
DVD:¥1,900+税
発売・販売元:キングレコード
©1971 テラヤマ・ワールド/ATG
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