連載 想い出のキップと東京風景
写真: 第4回 無軌条なトロリーバス

ICカードが登場してから、なくなりつつある紙の切符。小学生の頃から電車に興味をもち、切符をコレクションしていたというコラムニスト・泉麻人さんが語る、切符の想い出とは。秘蔵の切符コレクションとともに、ありし日の東京が浮かび上がります。

第4回無軌条なトロリーバス

想い出の切符
  • 文/泉麻人

 トロリーバス、というのをご存知だろうか? 架線から取った電気の力で走るバスで、いまも黒部ダムのあたりをかなりスマートなトロリーバスが走っているけれど、僕が小学生の頃までは都営交通にも4系統の路線があった。
 僕の手元に残る〈東京都交通局創立90周年記念〉のバス共通カードにも、現役時代のトロリーバスの写真を入れこんだものがある。〈祝トロリーバス開通〉と看板が掛かっている建物は新宿三丁目の伊勢丹だろう。昭和30年に開通したこの線(102系統)は、池袋の東口から明治通りを下って渋谷、さらに道玄坂から山手通りに入って品川の駅前まで行っていた。
 とりわけ懐かしいのは、池袋東口の乗り場周辺の光景。前にも都電の記念乗車券を池袋まで買いに出掛けた話を書いたけれど、このトロリーバスは、僕が家へ帰るときに使うバスの停留所のすぐ隣に乗り場があった。だから、トロリーバスがカタツムリのツノみたいなポールを立てて、向こうからやってくる光景は目に焼きついている。上空にはマス目状の架線が張りめぐらされ、時折パチパチッと火花が飛んだりする。停車中に車掌さんが降りてきて、架線から外れたポールを背のびして収めている作業を眺めるのもおもしろかった(トロリーの車掌さんは男性が多かったような気がする)。
 この池袋に入っていたトロリーバス(反対方向の亀戸や浅草行の路線もあった)が廃止になったのは昭和43年の3月、僕が小6になろうとする春のことだから、乗ろうと思えば乗れたはずだが、惜しくも乗車した記憶がない。ちょっと様子の違うバスに一人で乗るのをビビったのかもしれない。
 そして、写真のブリキのおもちゃはトロリーバスを模したもので、これは子供の頃にオンタイムで遊んでいたオモチャではなく、オトナになってから下北沢の古道具店で手に入れたものだ。それでももう30年くらい前の話で、当時でも5000円くらいの値が付いていた。
 都営のトロリーバスは、およそこういう濃淡の緑系の配色だったが、もっと灰に近いくすんだ色合いで、車両の形状も随分違う。また行き先に〈東京〉とあるけれど、東京駅に出入りする路線はなかった。  そうだ、トロリーバスの日本式の名は〈無軌条電車〉といって、共通回数券にはこちらの名称が記されていた。

  • 泉麻人(いずみ・あさと)

    1956年、東京生まれ。慶応義塾大学商学部卒業後、編集者を経てコラムニストとして活動。東京に関する著作を数多く手掛ける。近著に『僕とニュー・ミュージックの時代』(シンコーミュージック)、『大東京23区散歩』(講談社)、『東京 いつもの喫茶店』(平凡社)がある。

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